そば

薫 そば
d0251661_23570703.jpg
とても美味しかったなぁ!「薫そば」また、行こう。
[PR]

# by yyyman | 2017-05-27 23:55 | 楽食 | Comments(0)

青い海

いつもと違う窓辺
d0251661_23342679.jpg
身近にあるのに、気づかない美しさ。
[PR]

# by yyyman | 2017-05-26 23:32 | 自然 | Comments(0)

感動を発信する、みやざき中央新聞

成功者は頭を下げて徳を積む

d0251661_16042898.jpg

みやざき中央新聞という素敵な新聞社が20数年前、本紙がまだ箸にも棒にも引っかからない新聞だった草創期、たくさんの人たちの温かい支援を受けた頃の感動のエピソード。その人たちのほとんどは松田くるみ社長が飛び込み営業で出逢った人たちだったという。

 最初に一筋の光を与えてくれたのは宮崎市広島にあった松元理髪店の店主・松元貞利さんでした。現在は現役を退いておられるが、松田くるみ社長が飛び込んだあの日、松元さんはちょうどお客さんの髪をカットされていた。門前払いされてもいい状況だったが、松元さんは丁寧に話を聞き、見本紙を受け取ってくれた。

 後日、松元さんは理髪店の仲間をたくさん紹介してくれた。「お客さんがお友達を紹介する」という新しい流れを最初に見せてくれた人だった。ほどなくして松元さんのお店が行きつけの理髪店になった。髪をカットしてもらいながらいろんな世間話をして頂き、修業時代の話が一番面白かったという。

 20代の頃、松元さんは東京・銀座の「理容米倉」で修業していた。政財界の大物や著名な文化人が出入りしていた理髪店で、料金も相場の5倍ほどという高額な値段。

創業者の米倉近(よねくら・ちかし)さんは日本理容業界の礎を築いた人で、義父の後藤米吉氏は、東郷平八郎元帥など海軍幹部の調髪を任されていた理容師だったという。この男から米倉さんは理容の伝統と技を受け継いだ。こんなエピソードがある。ある日、米倉さんが大阪に出張し、旅館でくつろいでいたとき、「米倉さんに会いたい」と、見知らぬ男が訪ねてきた。男は大手企業の専務の名刺を差し出した。

 「どうして私が大阪に来ているのを知っているのか」と聞くと、行きつけの理髪店に、「米倉さんが関西に来たら知らせてくれ」と頼んでいたのだという。

 男は「お昼をご一緒に」と誘った。「今日は理容協会の人たち10人と約束しているからダメだ」と断ったが、「その10人の方々を私が招待します」と言ってきた。「あんたにそんなことをしてもらう理由がない」と突っぱねたが、「まぁいいじゃないですか」と言う、その男の人懐こさにおされ、ご馳走になることとなりました。昼食会場に全員が揃ったとき、「御挨拶させて下さい」と言って男は立ち上がり、学生時代の話を始めた。

 慶應大学の学生だった頃、銀座の「理容米倉」に行ったという。そしたら米倉さんから小言を言われたそうです。

 「ここはお前たち学生の来る床屋じゃない。自分の銭で来られる人間になってから来い」と。そして米倉さんは「小言のついでに…」と前置きしてこんな話をしたという。「学校を卒業して仕事に就いて、『これこそ自分の仕事だ』と決めたら、その仕事を全うしなさい。辛いこともあるだろう。途中で嫌になることもあるだろう。それでもやり遂げるんだ。そうすれば、その仕事のプロになる」

 そんな昔話をしながら、男は最後に、「今の会社に入って30数年経ちますが、米倉さんのあの言葉のおかげでこの地位になれました。」と言って深々と頭を下げたそうです。

 米倉さんは晩年、このエピソードを松下電器産業(現・パナソニック)の社員向けの講演会で語っていたとのことです。その中でこんな言葉を付け加えていたそうです。

 「あんな小言を言った私より、その小言を受けとめた人の方が「人格」が高いのです。どんな人間が成功するのかと言いますと、素直であることに尽きます。」

さらに、この話に付随して語られる米倉流「夫婦喧嘩の勝ち方」が面白かった。

 夫婦喧嘩においては「勝つことは謝ることにあり!」というのだ。たとえ理屈では相手が悪くて自分が正しくても「ねぇあなた。私が悪かったわ。堪忍してね」と、こう妻が先に謝ったら旦那の負け。旦那が「俺が悪かった。すまない、許してくれ」と先に謝ったら旦那の勝ち、と。米倉さんはこのことを商売の中で悟ったに違いない。たとえ理不尽なことを言われてもお客に頭を下げる。そうやって米倉さんはたくさんの「徳を積んできた」のだろうと話していました。とのことです。

(魂の編集長 水谷謹人 氏の文章を活用)

みやざき中央新聞には、世の中の感動の話しや輝く人の話し、歴史を築いた先人たちの教え、心を磨く活字に感性を豊かにするような記事が満載‼︎

d0251661_22284893.jpg

さぁ!「みやざき中央新聞」が導く、成長の世界へめんそーれ。


[PR]

# by yyyman | 2017-05-25 22:22 | おすすめ | Comments(0)

梅雨なのか?

どうしたの天気予報⁈
d0251661_22085432.jpg
梅雨入りして、天気予報では70%の降水率だが⁈
いい天気‼︎こんな日もあるさぁ。
自然と共に。

[PR]

# by yyyman | 2017-05-24 22:07 | 受入れる | Comments(0)

ゴルゴ松本の命言道

心を揺り動かされた「命の授業」

d0251661_16572120.jpg

以前、お笑い芸人・ゴルゴ松本さんの「命の授業」がネット上で話題を呼んでいました。

 舞台は、群馬県にある赤城少年院。日本で唯一、義務教育中の小学生や中学生たちが収容される少年院です。

 親に育てられた経験がなく親の愛情を知らない少年や暴力でしか自己表現や感情表現ができない少年もいた。

彼らに何を伝えられるか、講話を依頼されたゴルゴさんは悩んだそうです。

 「どんな人間も『自分はダメ』と思う必要はない。チャンスや運はいくらでも転がっている。人生を切り開くのは自分、そのことを伝えたい」と、熱く語った。

「授業」が始まった。舞台袖の赤いカーテンを開けて出ていったゴルゴさんの第一声は、「お~い、来たぞ、みんな!」だった。

 ゴルゴさんは少年たちに尋ねた、「夢のある人?」

 「サッカー選手」「億万長者」「社長」…、子どもたちは思い思いの夢を語った。「じゃあ、夢を叶える方法を教えるぞ。よく聞いてくれよ。辛いことがあると、『やってらんね~よ。もうや~めた』『何でオレばっかり』って愚痴こぼすよな。マイナスの言葉、弱音を吐く。『吐』は『くちへんにプラスマイナス』と書く。つまり、良いことも悪いことも口に出して良いってことだ。でも夢を実現させる人は、そこから少しずつ変化する。マイナス言葉を吐かず、プラスの言葉だけを言うようになる。『吐』の漢字からマイナス(-)を消すと『叶』になるだろ。だから夢が叶うんだ」

 ゴルゴさんは漢字が大好きで、漢字の由来を調べては独自の解釈やメッセージを加え、それをノートに書き留めている。やがて「命」や「炎」などの人文字ギャグが生まれ、それが大ヒットすることでゴルゴさんの知名度は全国区になった。「授業」を聴く子どもたちに変化が起こる。ノートとペンを取り出し、メモを取り始めたのだ。彼らも自分の人生と真剣に向き合おうとしていた。

「紆余曲折でもいい。遠回りしてもいい。危険だとか辛いと思ったときは逃げていい。『逃』の『しんにょう』を『てへん』に変えたら『挑』になる。一旦逃げて、時間を置いて、また挑戦したらいいんだよ!」

 さらにゴルゴさんは、命の尊さについてこう説いていく。「命は『人を一叩き』と書く。叩き続けてくれるもの、それが心臓。『トクン』『トクン』という一叩きの連続、それが俺たちの輝く命だ」

 「命があるのは、みんな一人ひとりに産んでくれたお母さんがいるってこと。お母さんは君たちを命がけで産んだんだぞ。我が子の顔を見る前に産んですぐ命を落とす母親もたくさんいる。そんな営みを人類はずっと繰り返してきたんだよ。今度はみんなが命を繋げていく番。みんな、ここでがんばって勉強して、外に出たら思いっきり命を輝かせていくんだぞ!」

 ゴルゴさんが初めて少年院で「授業」を始めたのは201111月。150名の少年たちを前に熱く語り、気付くと予定を30分もオーバーしていた。

 「オレはこれをボランティアでやる。これは大人の責任だ」と使命感に目覚めた。

 以来、ゴルゴさんは仕事の合間に自分で車を運転し、東京近郊の少年院十数か所で「命の授業」を行うようになった。「身の回りにヒントがたくさんある。きっかけ一つ、考え方一つ、見方一つだということに気付いて欲しい」と、ゴルゴさんは願う。

 お笑い芸人の「道」は甘くない。今日を耐えながら見えない明日に希望を見出し、自分を信じ奮い立たせ、ギリギリの状態の中でも夢を追い続けた一握りの人たちが、やっと成功の光を掴むことができる厳しい世界だ。

 ゴルゴさんが少年たちに見せたのは、信念を持って生きる姿、夢に向かって迷いなく走る姿だった。

 「何度でもやり直せる」「苦しいことがあるから人は成長できる」、彼自身もそんな言葉に支えられながらやってきたからこそ、その言葉に少年たちの心を打つ力があるのだと思う。

 ゴルゴさんの著書『あっ! 命の授業』が発刊されていますよ。
(魂の編集長 水谷謹人 氏の文章を活用)



[PR]

# by yyyman | 2017-05-23 20:01 | | Comments(0)